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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)1722号 判決

甲、乙各事件原告、丙事件被告 大永化工株式会社

右代表者代表取締役 久納芳

右訴訟代理人弁護士 新津章臣

同 新津貞子

同(乙事件のみ) 佐藤興治郎

甲、乙各事件被告、丙事件原告 大永化工株式会社

右代表者代表取締役 横田信隆

右訴訟代理人弁護士 児玉幸男

乙事件被告 都圏不動産株式会社

右代表者代表取締役 尾羽沢久

右訴訟代理人弁護士 井上四郎

同 井上庸一

主文

一  甲、乙各事件原告(丙事件被告)と甲、乙各事件被告(丙事件原告)及び乙事件被告との間において、別紙物件目録記載の各不動産が甲、乙各事件原告(丙事件被告)の所有であることを確認する。

二  別紙物件目録記載の各不動産につき、甲、乙各事件原告(丙事件被告)に対し、

1  甲、乙各事件被告(丙事件原告)は、別紙登記目録一記載の各登記の

2  乙事件被告は、同目録二記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。

三  甲、乙各事件被告(丙事件原告)は甲、乙各事件原告(丙事件被告)に対し、別紙物件目録記載の各不動産を明け渡し、かつ昭和四八年一〇月一〇日から右明渡済に至るまで一ヶ月三〇万円の割合による金員を支払え。

四  甲、乙各事件原告(丙事件被告)のその余の請求(甲、乙各事件被告(丙事件原告)に対する金銭請求のうち一ヶ月三〇万円を超える部分及び乙事件被告に対する明渡請求、金銭支払請求部分)並びに丙事件原告(甲、乙各事件被告)の丙事件被告(甲、乙各事件原告)に対する請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、各事件併合前に生じた部分については、甲事件につき甲事件被告、乙事件につき乙事件被告両名、丙事件につき丙事件原告の、併合後に生じた部分については、甲、乙各事件被告(丙事件原告)及び乙事件被告の各負担とする。

六  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

(当事者名等の略称について)

以下の判文においては、甲、乙各事件原告、丙事件被告を単に「原告大阪大永」、甲、乙各事件被告、丙事件原告を単に「被告東京大永」、乙事件被告を単に「被告都圏不動産」とそれぞれ略称する。

〔甲、乙事件〕

第一申立

一  請求の趣旨等(原告大阪大永)

1 主位的申立

(一) 金銭支払請求額を一ヶ月五〇万円の割合とするほか両被告に対しいずれも主文一ないし三と同旨の判決を求める。

(二) 明渡及び金銭の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求める。

2 予備的申立

(一) 第一次的に、主位的申立のうち所有権確認及び抹消登記手続請求部分が認容されない場合に備えて、これに代えて、

「被告東京大永及び被告都圏不動産は原告大阪大永に対し、別紙物件目録記載の各不動産につきなされた別紙登記目録三の各仮登記に基づく本登記手続を承諾せよ。」との判決を求める(明渡、金銭支払請求は主位的申立をそのまま維持する。)。

(二) 第二次的に、以上の請求が認容されない場合に備えてこれに代えて債権者代位権の行使に基づき

「(1) 原告大阪大永と被告東京大永との間において、昭和四七年一二月二二日付の豊護謨製造株式会社(売主)と被告東京大永(買主)との間の別紙物件目録記載の(一)ないし(九)の各不動産の売買契約及び同目録記載の(十)(十一)の各不動産の売買予約契約が無効であることを確認する。

(2) 被告東京大永は原告大阪大永に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき別紙登記目録一記載の各登記の抹消登記手続をせよ。」

との判決を求める。

3 費用負担についての申立

訴訟費用は甲、乙事件各被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(甲、乙事件各被告ら)

1 原告大阪大永の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告大阪大永の負担とする。

第二主張

一  請求原因(原告大阪大永)

1 別紙物件目録記載の各不動産(以下本件不動産という。なお、同目録記載(十)、(十一)の各土地はいずれも登記簿上の地目は畑となっているが、現況は昭和四六年当時から宅地であった。)は、いずれももと豊護謨製造株式会社(以下「豊ゴム製造」と略記、略称する。)の所有であった。

2 原告大阪大永は、昭和四四年九月三〇日、豊護謨化学株式会社(以下「豊ゴム化学」と略記、略称する。)との間で原告を売主、豊ゴム化学を買主とする連泡スポンジシート等の商品の継続的取引契約を締結して、以後連泡スポンジシート等の商品を豊ゴム化学に販売してきたが、昭和四五年九月二六日、豊ゴム製造との間で、豊ゴム化学の原告大阪大永に対する右継続的取引に基づく債務(取引上の借受金債務を含む)の履行を遅滞した場合には、原告大阪大永はその意思表示により豊ゴム化学の債務の支払いに代えて本件不動産の所有権を取得することができる旨の代物弁済予約契約を締結し、別紙登記目録三の仮登記を経由した。

3 原告大阪大永は、右継続的取引契約に基づく豊ゴム化学との取引により、同社に対し昭和四五年一〇月二〇日現在で次のとおりの債権を有することとなった。

(一) 原告大阪大永は、昭和四四年九月から同四五年一〇月上旬までの間に豊ゴム化学に対し連泡スポンジシート等の商品を売り渡し、その代金残額は一三四五万一四八〇円である。

(二) 右取引に関連して、原告大阪大永は、昭和四五年九月中に豊ゴム化学に対し、合計六五三万三七五〇円を、同年一〇月二〇日までに返済を受ける約束で貸し付けた。

(三) 原告大阪大永は、昭和四五年一〇月六日、豊ゴム化学の依頼により同社が負担する約束の登記手続費用二二万円を豊ゴム化学に代って他に立替え支払い、豊ゴム化学に対して同額の償還請求権を取得した。

4 原告大阪大永は、昭和四五年一二月四日に豊ゴム化学に到達した書面で前記商品取引契約を解除した上、原告大阪大永が豊ゴム化学から右契約に際して預っていた保証金二〇〇万円の返還債務と、原告大阪大永の右3(一)の債権中一六六万二六六〇円、3(二)の貸付金の遅延損害金五万四八三四円と元本中六万二五〇六円、3(三)の債権二二万円全額(以上合計二〇〇万円)とを相殺する旨の意思表示をしたので、同日現在で原告大阪大永の豊ゴム化学に対する債権は、右3(一)の残額一一七八万八八二〇円と3(二)の残元本六四七万一二四四円の合計一八二六万六四円となるところ、原告大阪大永は昭和四六年六月四日に豊ゴム製造に到達した書面で、右原告大阪大永の豊ゴム化学に対する債権の支払を受けるのに代えて本件不動産の所有権を取得する旨の意思表示(以下予約完結の意思表示という。)をした。

5 被告東京大永は、本件不動産につき別紙登記目録一記載の、被告都圏不動産は本件不動産につき同目録二の各登記を有し、かつ右両被告は昭和四八年一〇月一〇日以降本件不動産を占有して原告大阪大永の所有権を争っている。

6 本件不動産の昭和四八年一〇月一〇日以降の賃料相当額は一ヶ月につき五〇万円である。

7(一) 原告大阪大永は、豊ゴム製造が昭和四五年七月六日から同年一〇月五日までに振り出した別紙手形目録記載の約束手形一一通金額合計四四七万三六六三円の所持人である(この約束手形による原告大阪大永の豊ゴム製造に対する債権については、その支払を命ずる判決が確定している。)。

(二) 豊ゴム製造は、右債務を履行する資力を有しない。

(三) 被告東京大永は、昭和四七年一二月二二日に本件各不動産を豊ゴム製造から買い受ける契約(同目録(十)、(十一)記載の各不動産については売買予約)をしたと主張しているが、その不存在ないし無効であることは、抗弁2(一)の認否及び再抗弁1で主張するとおりである。

8 以上1ないし6の事実に基づき、主位的申立及び予備的申立(一)のとおりの判決を求め(以上乙事件)、これらの請求(原告大阪大永の代物弁済による所有権の取得を原因とする)が認められないとしても、7の事実を加えて主張し、債権者代位権に基づき予備的申立(二)のとおりの判決を求める(甲事件)。

二  請求原因に対する認否

(被告東京大永)

1  請求原因1、5の事実は認める。

2  同2の事実中、豊ゴム化学と原告大阪大永間の商品取引契約の事実及び原告大阪大永が仮登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実中、取引契約上の代金残額は一二二八万八八二〇円の限度で認める。その余の点は否認し争う。

4  同4の事実は知らない。

5  同6の事実は否認する。

6  同7(一)、(二)の事実は知らない。

(被告都圏不動産)

1  請求原因1の事実、同2の仮登記の事実及び5の事実中登記の事実は認めるが、占有の点は否認する。同6の事実は争う。

2  その余の事実(請求原因2ないし4)は知らない。

三 抗弁

(被告東京大永)

1  原告大阪大永主張の代物弁済予約契約及びこれに基づく予約完結の意思表示は、公序良俗に反して無効である。すなわち、原告大阪大永が右予約契約を締結しあるいは予約完結の意思表示をした当時、豊ゴム化学に対して有した債権はその主張の売掛金債権のうち一〇二八万八八二〇円にすぎず(原告大阪大永主張の貸金債権等は商品取引契約に基づくものではない。)、一方本件不動産の価額は昭和四八年二月当時で一億四〇〇〇万円を下らない。豊ゴム化学も豊ゴム製造も昭和四五年一〇月に倒産しており、原告大阪大永は倒産前後の混乱に乗じ暴利を図ったのである。

2(一)  被告東京大永は、昭和四六年九月一日別紙物件目録(一)の不動産につき豊ゴム製造から極度額五〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、その後昭和四七年一二月二二日、豊ゴム製造から本件不動産を代金六〇〇〇万円で買い受けた(その登記を経由していることは請求原因5のとおり。)。

(二) 原告大阪大永の代物弁済予約契約は抵当権設定と同時になされたもので、仮登記担保契約である。

(三) したがって、原告大阪大永は予約完結の意思表示をしただけでは本件不動産の所有権を取得しない(いわゆる清算金を提供する必要がある。)というべきであるし、そうでなくとも、被告東京大永が昭和五三年に前記豊ゴム化学の原告に対する債務一〇二八万八八二〇円の弁済の提供をしてこれと引換に原告大阪大永の有する本件不動産についての仮登記の抹消登記手続を請求している(丙事件)から、原告大阪大永は被告東京大永の取戻権の行使により本件不動産の所有権を失ったというべきである。右の各主張が認められないとしても、被告東京大永は本件不動産の価額である一億四〇〇〇万円と原告大阪大永の債権額との差額の清算金の支払を受けるまで原告大阪大永の請求に応ずることを拒絶する。

3  請求原因7(一)の手形債権については、前所持人伸栄商事株式会社がすでに弁済を受けた後に原告大阪大永がこれを知って裏書譲渡を受けたものである。

(被告都圏不動産)

被告都圏不動産は、昭和四八年一〇月八日、被告東京大永から本件不動産を代金一億五二五五万円で買う契約をした(その登記を経由していることは請求原因5のとおりである。)。右主張を加えるほかは、被告東京大永の抗弁2と同じである。

四 抗弁に対する認否

被告らの抗弁事実中主張どおりの丙事件の係属することは認めるが、その余の事実はすべて否認し、主張は争う。ことに、豊ゴム製造から被告東京大永が本件不動産を買い受けたというのは事実に反する。豊ゴム化学及び豊ゴム製造の経営の実権を握っていた竹中信夫らは、原告大阪大永の権利行使を妨害するために、原告大阪大永と全く同一名称の被告東京大永を設立した上、架空の売買契約を主張しているのである。

五 再抗弁(原告大阪大永)

1  被告らの主張する抗弁2(一)の売買契約の成立が認められるとしても、これは右四にも述べたとおり、原告大阪大永の権利行使を妨害するためになされた通謀虚偽表示である。

2  また、仮に原告大阪大永の予約完結の意思表示だけでは本件不動産の所有権取得が認められないとしても、原告大阪大永は、請求原因において主張する他にも豊ゴム製造又は豊ゴム化学に対する債権を有しており、更には本件不動産についての原告大阪大永の権利に優先する担保権者等に対して、多額の被担保債権を弁済しており、このような事実を前提として、原告大阪大永は豊ゴム製造に対して代物弁済予約及びその予約完結の意思表示による所有権取得を請求原因として本件不動産につき所有権移転登記手続を求める訴を提起し、豊ゴム製造は昭和四八年二月一〇日に原告大阪大永の請求を認諾した。これによって原告大阪大永は確定的に本件不動産の所有権を取得した。

六 再抗弁に対する認否(被告東京大永、都圏不動産)

再抗弁1の事実は否認する。同2の事実中原告大阪大永の訴提起、豊ゴム製造の認諾の事実は認めるが、訴訟代理人弁護士への委任の事実もないし効果は争う。

七 再々抗弁(被告東京大永)

豊ゴム製造の認諾は、原告大阪大永が豊ゴム製造の代表者染谷匡昭の無知に乗じてなさせたもので、かつ時価一億四〇〇〇万円もの本件各不動産をわずかな債権の代物弁済として取得することを認めることは暴利行為を認めることに他ならず、民法九〇条に反し無効である。

八 再々抗弁に対する認否(原告大阪大永)

否認する。

〔丙事件〕

第一申立

一 請求の趣旨

1  原告大阪大永は被告東京大永に対し、同被告から一〇二八万八八二〇円の支払の提供を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の各不動産につきなされた別紙登記目録三の各登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は原告大阪大永の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1  被告東京大永の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告東京大永の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  本件各不動産はもと豊ゴム製造の所有であった。

2  被告東京大永は、昭和四七年一二月二二日、豊ゴム製造から右各不動産を代金六〇〇〇万円で買う契約をし、別紙登記目録一記載のとおりの登記を経由した。

3  原告大阪大永は、豊ゴム化学との間の昭和四四年九月三〇日付商品取引契約に基づく債権を被担保債権として、昭和四五年九月二六日、本件各不動産につき、豊ゴム化学を債務者、豊ゴム製造を担保提供者とする元本極度額五〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、別紙登記目録三記載のとおり右根抵当権の設定登記等を得ている。

4  原告大阪大永と豊ゴム化学との間の取引契約は昭和四五年一〇月一日に終了した。右の時点で原告大阪大永が豊ゴム化学に対して有していた取引上の債権額は一二二八万八八二〇円であり、原告大阪大永は、豊ゴム化学が右商品取引契約に際し原告大阪大永に預けていた保証金二〇〇万円の返還請求権と相殺しているから、豊ゴム化学の債務残額は一〇二八万八八二〇円である。

5  以上の事実に基づき、被告東京大永は担保物件の第三取得者として、豊ゴム化学に代って原告大阪大永に対して右一〇二八万八八二〇円の支払の提供をするのと引換えに、別紙登記目録三記載の各登記の抹消登記手続を求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の登記の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、原告と豊ゴム化学との取引が終了し、原告大阪大永に対し豊ゴム化学が保証金二〇〇万円の返還請求債権を有したこと、これを原告大阪大永の豊ゴム化学に対する債権と相殺したことは認めるが、原告大阪大永の豊ゴム化学に対する債権額は否認する。抗弁で主張するとおり、より多額である。

三 抗弁

1  被告東京大永の主張する請求原因2の売買契約が仮に認められるとしても、これは甲乙事件の原告大阪大永の権利行使を妨害するためになされた通謀虚偽表示である。

2  原告大阪大永の豊ゴム化学に対する元本債権は、甲、乙事件請求原因3に主張したとおり、合計二〇二六万六四円(相殺後の残額一八二六万六四円)である。更に、原告大阪大永と豊ゴム化学との間の取引契約においては、遅延損害金を日歩四銭とする約束があったから、相殺の意思表示が到達した日の翌日である昭和四五年一二月四日以降の同割合による遅延損害金債権を有する。

四 抗弁に対する認否

いずれも否認する。なお、抗弁2に主張する債権中には貸付金債権等が含まれているが、これは商品取引契約とは別個の債権であり、被担保債権にはならないというべきである。

〔証拠関係〕《省略》

理由

〔甲、乙事件について〕

一  請求原因1の事実(本件各不動産がもと豊ゴム製造の所有であったこと)は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、請求原因2の事実(原告大阪大永と豊ゴム化学との商品取引契約、豊ゴム製造との間の代物弁済予約契約の締結とその仮登記)を認めることができる。証人竹中信夫の証言(乙事件及び丙事件)、同落合武の証言(乙事件、丙事件)には、豊ゴム製造の代表者であった渡鹿島七郎は代物弁済予約契約当時は実質上の代表権を竹中信夫らに譲っていたし、原告大阪大永と竹中信夫との話し合いでは根抵当権設定の話題があっただけで、代物弁済予約の合意はなかったとの旨の部分があるが、《証拠省略》と対比して信用の限りではない。また、右証人竹中信夫、同落合武の証言中には、被担保債権は豊ゴム化学の商品買受代金債務のみであって、原告大阪大永からの借受金債務は含まれていないという部分があるが、《証拠省略》によると、豊ゴム化学は昭和四五年に入ってから経営状況が悪化し大口取引先(商品仕入先)であった原告大阪大永に資金援助を求め、融通手形を交換して借入れをするようになったことから、原告大阪大永から担保の提供を求められて豊ゴム製造所有の本件各不動産に根抵当権を設定するとともに代物弁済予約契約をしたものと認められ(右証人竹中信夫、落合武の証言も、豊ゴム化学が原告大阪大永から融通手形の交換により数百万円の融資を受けていたことは認めている。)、このことと対比すると、右証人竹中信夫、同落合武の各証言部分は信用することができない。他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被告東京大永は、右代物弁済予約は、豊ゴム化学、豊ゴム製造の倒産前後の混乱に乗じた暴利行為であって無効であると主張する(同被告抗弁1)。しかし、右代物弁済予約契約は、《証拠省略》によって明らかなとおり、根抵当権設定契約と併存する実質担保契約(いわゆる仮登記担保契約)と認められ、将来所有者に対する関係で清算的処理がなされることになるから、それ自体暴利行為となることはない。さらに、《証拠省略》によると、たしかに右契約は豊ゴム化学及び豊ゴム製造が手形の不渡りを起こして事実上倒産する一〇日程前になされている(その仮登記は倒産前後の昭和四五年一〇月六日になされているが、《証拠省略》によると、登記が遅れたのは豊ゴム化学が負担する約束の費用がなかったからで、原告大阪大永から立替送金を受けるのに時間を要したためと認められる。)と認められるけれども、契約に際して別に原告大阪大永側の強制的な言動があったわけではないと認められるのであって、被告東京大永の主張は理由がない。

四  《証拠省略》を総合すれば、原告大阪大永は豊ゴム化学に対して前記商品取引契約に基づき連泡スポンジシートを売り渡し、また昭和四五年夏頃から融通手形の交換による資金の貸付をした結果、昭和四五年一〇月二〇日頃現在で売掛金債権と貸金債権の合計で約一九〇〇万円前後の債権を有していたこと(その内訳は必ずしも正確には認定できないが、被告東京大永の認める売掛金債権額は一二二八万八八二〇円であり、竹中信夫の証言によっても、少なくともこの限度では認め得る。これに貸付金債権が六〇〇万円から八〇〇万円程度あったと認められる。ちなみに《証拠省略》の豊ゴム化学振出の原告大阪大永あて約束手形金合計は一八三二万二五七〇円、《証拠省略》による原告大阪大永の債権合計額は一九一八万五〇〇〇円と誤差がある。なお、証人竹中信夫、同落合武(いずれも丙事件)が融通手形分ではないかという《証拠省略》の金額合計は八九二万八八九〇円となり、これを除く買掛金手形分の金額合計が九三九万三六八〇円となる。この結果は同証人の他の証言部分の数字ともくい違う。信用することができない。結局、原告大阪大永の債権額の内訳は正確な数字をもって認定するには証拠が十分でないが、ここでは代物弁済予約完結の意思表示の効果との関係で被担保債権の存在とその概算金額を認定すれば足りる。なお、原告大阪大永が豊ゴム化学の登記費用二二万円を立替えていることはさきに認定したが、これが被担保債権となるかどうか必ずしも明確でない。しかし、結局相殺されているので、やはり問題とする必要はない。)、原告大阪大永は昭和四五年一二月四日に豊ゴム化学に到達した書面で前記豊ゴム化学との間の商品取引契約を解除するとともに、請求原因4のとおりの相殺の意思表示(原告の売掛金債権、貸金債権の一部と前記登記費用の立替金債権二二万円と豊ゴム化学の保証金返還請求債権の相殺)をしたこと、を認めることができる。この結果、原告大阪大永は、豊ゴム化学に対し、合計約一七〇〇万円前後の債権を有していたことになる(ここでも、その内訳を正確な数額をもって認定することはできない。原告大阪大永が相殺の自働債権とした貸付金の遅延損害金の計算根拠が必ずしも明確でない反面、前掲丙事件乙第二九号証(商品取引契約書)によると、日歩四銭の遅延損害金の約定があったことが認められ、これは甲、乙事件については原告大阪大永の積極的な主張はないが(丙事件で主張されているのみ)、客観的には発生しているはずである。)。

次に、原告大阪大永代表者の供述によると、原告大阪大永は、昭和四六年六月四日頃に豊ゴム製造に到達した書面で、原告大阪大永が豊ゴム化学に対して有する債権の支払を受けるのに代えて本件不動産の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をしたことを認めることができる。

以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

五  被告東京大永、同都圏不動産は、被告東京大永は昭和四七年一二月二二日に豊ゴム製造から本件不動産を買い受けたことを前提に抗弁を主張する(被告東京大永の抗弁2、被告都圏不動産の抗弁)ので判断する。《証拠省略》には被告ら主張のとおりの売買契約がなされたとの記載があり、証人竹中信夫の証言(乙、丙各事件)、被告東京大永代表者横田信隆の供述は被告らの主張にそう。しかし、右証人及び代表者の供述は、そもそもどのようにして代金額を決定したのか(先順位の抵当権者に対する債務を支払うことを引き受けるのか、それとも豊ゴム製造がこれを負担するのかなど)すらはっきりしないばかりか、内金とされる六〇〇万円の支払の領収書はもとより、その後の支払関係の領収書一つなく、具体的な清算関係すら全く説明できないものであって、前後矛盾もはなはだしく、弁解というよりも詭弁に近い供述に終始している。とうてい信用することができない。被告らの主張する豊ゴム製造と被告東京大永との間の売買契約が真実存在したとは認め難いし、少くとも、原告大阪大永が再抗弁1で主張するとおり、通謀虚偽表示であると認めることができる。また、被告東京大永は、昭和四六年九月一日、別紙物件目録(一)の不動産につき豊ゴム製造から極度額五〇〇〇万円の根抵当権の設定を受けたと主張する(同被告抗弁2(一))が、これについても何らの契約書すら提出されておらず、これを認めるに足りる証拠もない。

《証拠省略》によれば、原告大阪大永は豊ゴム製造らを被告として、前認定の代物弁済予約とその完結の意思表示により本件各不動産の所有権を取得したことを理由に、本件各不動産につき所有権移転登記手続等を求める訴を提起し(当庁昭和四六年(ロ)第四九五七号事件)、豊ゴム製造は昭和四八年二月一〇日に代表者染谷匡昭及び訴訟代理人弁護士宮田勝吉が期日に出頭して原告大阪大永の請求を認諾した事実が認められ(認諾の事実は当事者間に争いない。)、また《証拠省略》によれば、竹中信夫は、昭和四六年二月一三日に、同人が代表者であった松伏ゴム製造株式会社(後に商号変更により松伏鋼材株式会社)が豊ゴム製造から本件各不動産を買い受けたことを原因としてなされていた所有権移転の仮登記(《証拠省略》によれば、昭和四五年一二月一〇日売買を原因とし、昭和四六年五月二九日受付)も、同月一五日までに抹消することを原告大阪大永に約束している事実が認められ、この事実と被告東京大永と豊ゴム製造との本件各不動産売買契約公正証書が昭和四六年三月二二日になって作成されていること及び被告東京大永の本件各不動産についての仮登記が昭和四七年一二月二三日、本登記が同四八年二月二〇日と八月一六日になされていること(《証拠省略》によると、各登記申請には原因証書がなく申請書副本が添付書類とされている。)、被告東京大永が原告大阪大永と全く同一の名称で設立されているが、同一名称としたことの合理的な理由が説明されていないこと(証人竹中信夫の証言(乙事件)によれば、原告の東京支店という実質を有し、原告大阪大永の代表者久納芳も取締役になっているというが、《証拠省略》に照らし、右竹中信夫の証言部分は信用することができない。)、等の事実を考え併せると、本件各不動産の被告東京大永への売買とその仮登記ないし本登記、更には別紙物件目録記載(一)の不動産についての同被告の根抵当権設定契約及びその仮登記は、いずれも豊ゴム製造の前記認諾ないしは敗訴判決を予期して(《証拠省略》によれば、右事件において豊ゴム製造は長期にわたってなんの実質的な防禦方法の主張もしないままであったことが認められる。)、原告大阪大永の権利行使を妨害する意図でなされた仮装行為である疑いが極めて濃い。被告らの抗弁は理由がない。

六  一般に、仮登記担保と認められる場合には、代物弁済予約権者は単に予約完結の意思表示をしただけでは完全な所有権を取得せず、債務者又は債務者から所有権を取得した第三者等正当な権利者に対しては、目的物の価額が被担保債権の額を超えるときはその差額を清算金として支払ってはじめて完全な所有権を主張し得ることは、最高裁判決の示すところである。そして、原告大阪大永の代物弁済予約契約が担保目的でなされたものであることはすでに判示した(前示理由二、三参照)。しかし、本件においては、被告東京大永も被告都圏不動産も、いずれも本件不動産につき結局なんらの権利を有しないものであること五において判示したとおりであるから、原告大阪大永としては、このような無権利者に対してはそもそもその換価処分を実現するための妨害排除の必要性からいっても、清算金の不存在又は支払を主張立証するまでもなく所有権を主張し、抹消登記ないし明渡を請求し、又は損害賠償を請求し得ると解すべきであり、最高裁判決は事案を異にし本件にそのまま適用されるものではないと解するのが相当である。ただ、反対の見解も予想されるので念のため、再抗弁2について判断を加えておく。

豊ゴム製造が原告大阪大永の所有権取得を理由とする本件各不動産の所有権移転登記手続請求事件において、請求を認諾したことはすでに判示したとおりである。被告東京大永は、豊ゴム製造の弁護士への訴訟委任の事実がないというが、期日には豊ゴムの代表者染谷匡昭が出頭しているから、右の点は問題にならないし、また、右認諾は豊ゴム製造代表者の無知に乗じたものでかつ暴利行為であるという(再々抗弁)が《証拠省略》によると本件各不動産の価格は昭和四五年九月当時で五〇〇〇万円程度であったこと、これに《証拠省略》を併せると、原告大阪大永は右認諾に至るまでに、豊ゴム化学、豊ゴム製造の債権者グループに一一二〇万円の支払をしたほか、先順位の担保権者の三五〇〇万円余の負担を負っていた(その一部は支払っている)ことが認められ、被告東京大永のいうような暴利行為とは認められない。そして、《証拠省略》によると、原告大阪大永としては、豊ゴム化学や豊ゴム製造の多くの債権者への支払を覚悟し、豊ゴム製造としても、このことを含めて事情を諒解した上で認諾したことが認められる。《証拠判断省略》そうすると、豊ゴム製造は清算金の支払を主張するまでもなく原告大阪大永の本件各不動産の取得を是認したものというべきであり、原告大阪大永は右認諾により、確定的に本件各不動産の所有権を取得したものと認めてさしつかえない。本件各不動産につき何らの権利も認められない被告らにおいて、今さら豊ゴム製造の認諾を争い、原告大阪大永の所有権取得を否定することはできないというべきである。

七  請求原因5の事実は、被告都圏不動産の本件各不動産の占有の点を除き(つまり各被告の登記の取得と被告東京大永の占有)当事者間に争いがない(被告東京大永の占有が実体を伴うものかどうかはすでに判示したところから実は疑わしいが、この際は現実の占有よりも占有を主張していることがむしろ原告側の権利の実現を阻害することともなるから、原告大阪大永の明渡請求の要件としては、被告東京大永が占有を認めて争わないことで十分である。)。しかし、被告都圏不動産は占有を否認していて、その占有を認めるに足りる証拠はない(ここでは逆に、占有を主張しない被告都圏不動産に対しては、原告大阪大永は明渡の債務名義を求める必要はないといえる。)。

八  最後に、被告東京大永に対する損害金請求について判断する。昭和四五年九月当時の本件各不動産の価格が五〇〇〇万円程度であったことはすでに認定したとおりであり、このことからいって、本件各不動産の昭和四八年当時の価格は低くみても六〇〇〇万円を下ることはないと推認でき、その賃料相当額が一ヶ月少なくとも三〇万円(年六分の利廻り計算による。)を下るものではないと推認してよい。いわゆる継続賃料ではなく、不法占有を前提とする損害金である以上新規賃料相当額としてみることができるからである。しかし、これを超えて、原告大阪大永の主張する一ヶ月五〇万円を相当と認めるには証拠が十分でない(ちなみに、《証拠省略》によると、本件各不動産の昭和五四年末における賃料が五〇万円とされたかの如き資料はあるが、その賃貸借の実態が疑わしいことは別としても、昭和四八年当時の賃料相当額が右三〇万円を超えるとの認定の資料とするには十分でない。)。

九  以上のとおりであるから、原告大阪大永の主位的請求は、被告東京大永に対しては、損害賠償の支払を求める部分のうち一ヶ月三〇万円の割合を超える部分に限り失当として棄却を免れないが、その余はすべて正当として認容することができ、また被告都圏不動産に対しては、本件各不動産の明渡請求及び損害金請求部分は棄却を免れないが、その余の部分はすべて正当として認容することができる。そして、右各請求棄却部分は、第一次予備的請求としてもこれを認容するに由ないことは明らかである。

〔丙事件について〕

すでに〔甲、乙事件について〕において判断したところから明らかなとおり、被告東京大永の請求は理由なく、棄却を免れない。

〔結び〕

以上判示のとおりであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 生田治郎 裁判官山田和則は職務代行を解かれたので署名捺印できない。裁判長裁判官 上谷清)

〈以下省略〉

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